賑わい創研

近江八幡市で商家のまち並み散策

8月6日、たねやグループCEOの山本昌仁さまによるNIGIWAI LABO現地セミナーが開催されました。
NIGIWAI LABOスタッフ全員、滋賀県近江八幡市は今回が初めての訪問です。

琵琶湖の東側に位置する近江八幡市は、近江商人発祥の地。
安土桃山時代につくられた八幡堀を水運に活用してまちが発展、江戸時代から明治にかけて商業が大きく栄え、その際活躍した近江商人の思想や哲学は、現代社会にも引き継がれています。

近江商人の中でも、最も早い時期から商才を発揮したのが八幡商人でした。楽市楽座のもと、活発に商売をしていた八幡商人は、八幡山城の廃城で町が幕府領になったのを機に、全国へ行商の旅に出かけました。やがて、いち早く江戸日本橋に店を構え、「八幡の大店」と称される大型店舗経営に成功。特に西川甚五郎、西川庄六、森五郎兵衛は御三家と呼ばれるほどの実力を誇りました。
八幡商人が扱った商品は畳表、蚊帳、数珠、灯心など。近江や上方の地場産業の産物を関東へ、関東・東北の原材料品を上方へ流通させる商法は、「三方よし」の家訓が示すように、双方の産業発展にも大きく貢献しました。
峠が険しければ険しいほど、行商に行く商人の数は少なくなると、積極的に活動した八幡商人。その商人魂は、いまも商売の基本として大切に脈々と受け継がれています。

https://www.city.omihachiman.lg.jp(近江八幡市ホームページより引用)

セミナー会場となった「近江八幡日牟禮ヴィレッジ」の近くには、当時のまちなみがたくさん残されていました。
私が立ち寄ったのは、「新町通り」と呼ばれる地域。
JR近江八幡駅からバスで5分ほどのところにあり、国の重要伝統的建造物保存地域となっています。
通りを見た瞬間、思わず「うわーっ、時代劇みたい!」という言葉が飛び出すほど、まるでタイムスリップでもしたような風景が広がります。

日牟禮八幡宮側から入った新町通り
総距離約2km前後の新町通り。江戸時代末期から明治にかけて建てられた商家がまとまって残る貴重なエリア。

「新町」バス停で降りたので、日牟禮八幡宮方面から近江八幡駅の方向に歩いてみました。
新町通りを過ぎると、西上筋商店街が続きます。ここでは多くの歴史ある建物が、今も店舗として使われていました。

西上筋商店街
西上筋商店街。新町通りと共に近江八幡市の歴史的市街地で、他にも碁盤目にいくつかの風情ある商店街が並ぶ。

新町通りには、内部を見学できる建物もあります。
学校の校舎だった建物や、元警察署だった建物などは地域の歴史資料館となっていました。

旧西川家住宅
江戸時代中期頃の建築といわれる、典型的な近江商家の旧西川家住宅は見学可能(有料)。

病院までも古き良き時代を感じさせる佇まいです。
歴史的建物が日常生活と融合していることに心躍りましたが、普通に患者さんが出入りする様子に、地元住民にとってはごく当たり前のことなんだよな、と不思議な感覚でした。

病院

続いて、新町通りを背に八幡堀へ。八幡堀では、船に乗ってお堀めぐりを楽しむことができます。
周遊距離の長い電動ボートもありましたが、せっかくなので風情を楽しめる手漕ぎ舟に乗船しました。

八幡堀

このお堀は、文科省選定の重要文化的景観の一つで、数々の時代劇の撮影地にもなっているそうです。
最近で有名なのは、佐藤健さん主演の映画「るろうに剣心」。その他、「必殺仕事人」やNHKの朝ドラ「あさが来た」など、船頭さんが写真を掲げながら撮影した作品を教えてくださいました。

水面に近い目線から見る風景はなかなか貴重。お堀には、このような木の橋がいくつも架かっています。

船から眺める橋

季節ごとにお堀を彩る水辺の植物。桜の季節のお堀めぐりは特に人気です。

水辺の植物

琵琶湖まで続くというこの水路は、豊臣秀次が築いた八幡山城を囲むようにつくられていますが、船頭さんによると、「お城を守ることよりも、物資を運ぶのが大きな目的だった」とか。
秀次のこの政策が後に商売の基本を生み出すことになったと思うと、まさにその舞台となった水路の上に自分がいることがとても感慨深く、歴史の一端を垣間見た気分でした。

※NIGIWAI LABO セミナーの模様は、後日ビデオとレポートで配信いたします。

文と写真:児玉 菜穂子